幸橋
CAM’s Entertainerでは
映画「幸橋」に参加いたします。
瀬戸孝之ブログ 長崎県紹介 http://doramaka.noramba.net/
どかまか企画 ホームページ http://doramaka-kikaku.com
映画「幸橋」公式ホームページ http://saiwaibashi-movie.com/
YouTube配信 暫定CM http://www.youtube.com/watch?v=zBkWjEXqQkA
ミッキー大野 「風と音の詩」 http://www.youtube.com/watch?v=RXRIFKLJQxw
『幸 橋』(さいわいばし) 幸せを呼ぶ橋。
もし、その橋の上から一本の四つ葉のクロ-バ-を落とし水面に落ちるまで願い事をしたら叶うと言われたら何を願いますか?
それは「しあわせ」ではないでしょうか?
幸せは一人の力では叶えられない、家族や夫婦、恋人、親、故郷の愛や友情。
みんなの力、みんなの「幸せの架け橋」があって叶えられるのではないでしょうか。
あなたは、こころの底からこんなにも恋人を友達を故郷を、夫を妻を愛したことがありますか? ある日、写真撮影中ビルの7階の高さから墜落し全身骨折で瀕死の状態に・・・・・。一命は取りとめたものの失明し、体中に大ケガを負った夫。“死”を望んだほどの絶望・・・・・。それを、希望に変えてくれたのは妻だった。闇の中で口もきけず身動き一つできず、死ぬことさえできなかった時・・・・・。二度と光を取り戻せないとわかった時、足を切断すると医者に宣告された時・・・・・。常に夫を支え勇気づけた・・・・それは、妻であった。 苦しい闘病とリハビリの日々、自分の命と引き換えにしてでもと尽くし続けた妻。奇跡の生還を遂げた夫と、夫に人生を捧げた妻の感動の姿。
これは、伊藤邦明さんご夫妻の実話です。
ある時は目となり足となって、夫の写真撮影を支え続けた妻。
全盲カメラマンとして、今や世界を旅し風景や人物を撮影し全国400ヶ所で11万人を動員する個展を開いている伊藤邦明さんご夫妻。
健常者の頃のカメラマンとしてよりも今の方がカメラマンとして自信があると。
「耳で川のせせらぎや空気の音を聞き、肌ですべての感触を得ながらシャッターをきる」
そして、一人で乗り越えて来た訳ではない、妻や親、兄弟や家族、故郷の友人達の愛に支えられてきたから今日がある。
忘れかけているものを我々に強く思い出させてくれた言葉である。
この映画は、伊藤さんご夫妻のドキュメントではなく、あくまでもモデルとしたドラマです。
しかし私達は、伊藤さんご夫妻をモデルにし、忘れかけている夫婦や家族、親兄弟の愛と友情や故郷の素晴らしさを映画で訴えて参ります。
全国の子供達や大人達に、こんな素晴らしい夫婦愛や家族愛、兄弟愛や友情と故郷の暖かさを 思い出して頂きたいのです。
全国の小中高校の体育館や公会堂などで上映活動をして参ります。
この映画を通して観て頂いた方が元気を出して頂ければ有り難いです。
私達は青少年の育成のための問題提起の作品を作りながら元気や勇気を与えることができれば幸いです。
映画『幸橋』製作実行委員会
脚本・監督 瀬戸 孝之
〔ストーリー背景〕
この物語は、実在する全盲カメラマン『伊藤邦明氏』をモデルにしたストーリー。 今から20年ほど前に、高さ20m(ビル7階)から撮影中に誤って足を滑らせて転落。全身骨折で瀕死の状態に。奇跡的に命は取り留めたが、光を失ってしまった。必死のリハビリで回復はするが、目が見えなくなってしまったことへの不安と絶望で生きる喜びも消えうせてしまう。そんな中、友人のカメラマンが「また写真を撮ってみろ!」と・・・。「見えない自分になんてことを・・・。」悩む伊藤さんに、その友人はさらに写真を撮ることを勧める。その熱意に答えようと、再び写真を撮ることを決意する。奥さんのサポートで、全国を駆け巡り写真を撮り始める。
その写真は、数千枚にもおよび写真集、写真展を開き、それが感動を呼び、今では全国各地で写真展・講演会を行うまでになる。
伊藤さんは語る「全盲である私が写真を撮ることで“人間には計り知れない無限の
可能性がある“と伝えていきたい!それが私の今の使命です!」と。
今作品のモデル 伊藤邦明(いとうくにあき)さん プロフィール
東京・国分寺市在住。 昭和14年(1939年)名古屋市生まれ。県立愛知工業高校電気科に入学し写真部に所属。昭和32年同校卒業後、名古屋造船(昭和38年石川島播磨重工業と合併)に入社し、船舶の電気設計を担当。同社カメラ部に入部。昭和57年、中部支社から東京本社に転勤。平成2年埼玉県上尾市の倉庫で写真撮影中、高さ20mから転落。奇跡的に助かったが全盲になり嗅覚を失う。平成3年労災保険認定。視覚1種1級、足3級障害年金受給。平成5年石川島播磨重工業を退社。平成6年、平成9年の2回にわたりピースボートで世界一周旅行に、各地での写真展が大反響を呼んでいる。
※芸術写真を二科会近藤龍夫氏に学び、報道写真を朝日新聞社の山口昇氏などに学ぶ。
舞台・長崎県平戸市〔歴史とロマン溢れるまち・平戸〕
美しい風光に恵まれたまち、長崎・平戸。海の町平戸の旧町部には城下町時代からのまちなみが多く残されている。様々な表情を見せる屋根瓦。格子窓が残る懐かしい建物。石畳の路地からふと視線を上げると眼に飛び込んでくる海の碧。歴史と信仰の島として、西海の海に静かに浮かぶ「歴史とロマンの島・平戸」日本最初の海外貿易港として、世界への窓を開いた平戸。平戸の歴史は古く、海の交流史といっても過言ではない。そのころのヨーロッパ諸国との交流の跡は、今もなお市内のあちこちに点在し、エキゾチックな雰囲気を醸し出している。海外貿易都市として花開いた平戸、そこには垣根のない人間関係がある。そこには、だれでも受け入れるやさしさがある。そこには、だれでもうちとける人情がある。昔と変わらない、人と人とのつながりがある。人情味溢れる国、長崎・平戸。新しい出会いによって作られた時代の足跡を残すまち・平戸。「ロマン溢れる歴史」が教えてくれた、人と人とのつながりを。「平戸」が教えてくれた、様々な“情(じょう)”の大切さを。忘れていた人間同士の“あたたかさ”がここにはある。いまこそ、人との“絆”“生きる喜び”“生きる勇気”を取り戻すとき。それが、平戸には今もある。歴史が、ロマンが教えてくれた“希望”がここにはある。平戸には“深い深いつながり”が、今も残っている。“絆”が“希望”が、ここにはある。それを忘れてはいけない・・・・・いまだからこそ。
あらすじ
主人公・福田賢治は広告ポスタ-の撮影中、スタジオの天井から足を滑らせ墜落してしまう。一命は取り留めたが、全身骨折。神経もダメ-ジを受け全盲に。事故から3ヶ月後、意識は回復するが見えなくなってしまったことに絶望感が襲ってくる。恋人・小杉彩の懸命な激励を受け、必死にリハビリを続け“何とか生きよう!”とする。しかし、現実は厳しく体は回復には向かっているがカメラマンとして“光を失った”ことへの絶望感が大きく圧し掛かってくる。彩をはじめ、周りの人に激励を受けながら毎日を過ごす賢治。やがて体も回復し退院。賢治は社会復帰を目指しリハビリを続ける。一時は精神的にも回復したかのように見えたが、何も見えない不安が重くなり毎日が投げやりの状態に陥ってしまう。そんな中、恋人の彩は二人の故郷である“長崎県平戸市”へ戻ることを勧める。そこでも毎日が無為な生活を続ける賢治。その姿を辛く悲しむ賢治の両親。賢治の親友・北垣剛は、“再び写真撮影”を口にする。賢治は見えない自分を“馬鹿にしているのか!”と、さらに卑屈になってしまう。しかし、剛と彩は決して諦めず、賢治に生きる“喜び・可能性”を与えたいと、賢治に語りかける。 ここから、新たな賢治の戦いがはじまる・・・・・。